北金目について

北金目は平塚市の北西部の地域で秦野市との市堺に接しています。
地域の西側には東海大学湘南校があり、その東側は平成10年から17年間にわたって平塚市の都市計画に沿い、UR都市開発機構によって真田地区とともに区画整理され農村地帯から新興住宅街に変貌を遂げています。
以前の塚越古墳
現在の塚越古墳

以前の塚越古墳

現在の塚越古墳


現在は平塚市北金目ですが、江戸時代までは北金目村として平塚市史には宝永4年(西暦1707年)暮れの富士山噴火の際の降灰の状況が分かる資料が残されていた村でした、その資料によると7~8寸(21cm~24cm)の灰(記録では「降砂」)が積もり、田畑をいくつか潰して灰を集めたためその分の年貢を減らす処置を求めたようです。
火山灰の処理には379人の男女が働いたと市史には記されていて、当時の大変な苦労が伝わります。

この地は周辺の他の地域と同様、徳川家康が江戸への入国後は家康の直轄領でしたが、その後、複数の旗本の支配地になったり幕領に戻ったりを繰り返し幕末をむかえ、明治22年(1889年)に南金目村、広川村、片岡村、千須谷村と合併し大住郡金目村となり、明治29年(1896年)に中郡金目村に、金目村は昭和30年に大根村真田地区を編入して昭和32年(1957年)に平塚市に合併しました。(平塚市史より)

昭和30年代前半に東海大学が北金目地区西側の高台に進出して、現在の湘南キャンパスとして60年以上の歴史が経ちキャンパスに通う学生の街としても地域に若さをを添える存在となっています。
都市計画の区画整理後の北金目は新しい住宅街として市内では住民が増加して、小学校も教室が増築されており、保育施設の増設も計画され家電量販店やサイゼリア、キャンドゥなどが入ったヨークタウンが地域の中心にあり、さらに近くに量販店も増えており、生活利便性の高い地域です。

現在の北金目

現在の北金目の全景






地域の最寄駅は小田急線の東海大学前駅になります。







(※ 一部の写真及び文は「平塚市史3資料編近世(2)」から参照しました。)


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